Web Studio 212
関西在住ウェブデザイナーの日常生活
カクカクシカジカ久々に徒然に
最近はFacebookかTwitterに書くだけでだいたい満足なのでブログを全然書いてませんでしたが、ちょっと人生の路線変更があったので節目として記事を書いておきます。

2016年㋂17日から京都の広告代理店に入れてもらって働いています。まだ見習い期間なので「くび!」と言われる可能性もないわけではないですが、明るくて親切な人ばかりでいい社風だし自分としてはここでずっと働いていこうと思っています。

広告代理店の制作部で僕は主にウェブ関連を担当します。
転職するときに本当は制作会社に入りたかったのですが、いつの間にか広告代理店に入ることになりました。
まあでも今いろいろ考えてみると制作会社よりもこっちのほうが僕には向いてるかなと思いました。
なんせ自分の裁量でいろいろな仕事ができる。
ウェブ以外の仕事だってできるし、営業だってやろうと思えばやらせてもらえる。
売上さえ達成すればいい。

この会社は制作部にも売上ノルマが課せられていて、僕も4月から数字がつきました。けっこうな額です。
前の会社でも売上達成を厳しく言われてたから別に今更ビビリはしませんが、売上達成のためには自分の能力以上に働かなくてはならない感じなので、一部外注に出して補おうと考えているところです。
なので僕の人脈に入ってる人たちでクリエイティブ関連の方々の何人かには今後お声がけさせてもらうかもしれません。
その時はよろしくお願いします。僕にもノルマがあるのでできれば安めで・・・その代わり継続的に仕事出すように計らいますので。

今のところは新世界から京都へ通っててなかなかの遠距離です。堺筋沿線なのでわりとスムーズに阪急乗り換えできると言っても毎日それをやってるとしんどいです。僕もいい年で体力が少なくなっているので。

京都の会社だけど大阪や神戸の仕事もやりますよ。
いろんな媒体や手法を組み合わせて効果の出るモノ作らせてもらいます。
会社の実績としては京都マラソンとかお寺のお祭りなどのイベントの全体をやらせてもらったり
ウェブやモバイルのプロモーションとかも手掛けてて、ECサイトの製作やセールスプロモーションもやります。
もちろん印刷物もやるし、ラジオやテレビ・雑誌・新聞のマスコミ広告もやってます。

ここで売り上げをあげないと僕はクビだけども、逆にがんばればいい仕事をさせてもらえる。
だからがんばって「こんな仕事したいなあ」ってことばっかり実現していきます。
そのためにもこれからしばらくは売上アップをしていって自分の形を作って行かなくては。

まだわからないことだらけで何をがんばったらいいのかわからないところもいっぱいだけど
とにかくがんばります。
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新職場でしばらく働いた感想など
今は仕事を2種類持っている。
1つはある施設の正職員だ。
もう1つは以前からやっているフリーランスの仕事だ。こちらのほうは自分では「ウェブデザイナー」という肩書をよく使うが、実際にはデザインとか、プログラム関係とか、映像関係とか、パソコン関係とか、イベントの仕事とか、よくわからない手伝い事とか、いろいろとやっている。「たいしたことはできないが、やらせてくれると言うならやります」と言っていろいろやっているうちに、けっこういろいろなスキルが身についたのでなんでも屋みたいになってきた。
今日は最近の仕事について、久々にブログでも書いてみるかとパソコンに向かった。

以前バイトとか派遣で働いていたとき職場に行くのはけっこう苦痛だった。職場に行ってしまえばなんとかなるのだけど、寒い日に布団から出られないみたいに、そこへ行くのが嫌だった。毎日「嫌だなあ」と思っていたし、職場や対人に恐怖心すら持っていた。
ところが最近正職員になった職場へは休日でもちょっと仕事をしに行ったりするし、苦痛を感じない。まあこれからいろいろ起こって苦痛を感じるようになっていくのかもしれないが、今のところはそいういう風にはなっていない。

ここには人がいっぱいいるので世間話をしたりすることも多い。
昔は世間話をすることは大嫌いだったけど今は普通にやっている。いままでやってこなかったから話題は乏しいし話し方も下手くそではあるのだけど、そういうこともあんまり気にせず「それ知らないんですよー」と言いながら自分よりだいぶ大人な人や年下の人とも会話をしている。自分は無口なほうなので会話になっていないかもしれないが、けっこうワハハと楽しい感じになっているんじゃないかと思う。

職場の仕事内容はある施設で利用者さんのお世話をしたりいろんな段取りをしたり事務仕事をしたり掃除洗濯などなど、今までやりたいと思ったことなど一度もなかった種類の仕事だし、自分に向いてるとも思えないが、でも何故かやっててけっこう楽しいしやりがいを感じている。次に何をしようか考えるのも楽しい感じだ。

先日は仕事で映像を作っている時に、そこに使うナレーションを、声のきれいな女性スタッフにやってもらうつもりが、僕がやれということになってしまった。僕は声やしゃべりかたには少しコンプレックスがあるから一瞬躊躇したが、「まあいいか。やってみよう。」とナレーションを録音した。やってみると、「語尾をこんな風に言ったほうがかっこよく聞こえるかな」とか思って工夫していくのが楽しかった。
そんなこんなでこの職場で仕事をすることをけっこう楽しんでいる。

元々は正社員として毎日毎日大勢の人と一緒に働くことが自分には無理だと思って、それでフリーターや派遣社員をやっていたが、それもすごく苦痛に思ってきて一人でフリーランスとしてやることにしたのだった。フリーランスは自分の裁量で時間が使えて気が楽でとてもいいと思っていたけど、人と会わなさすぎて自分の心がどんどん奥へ奥へと引っ込んでいく感じだったし、好きなことを仕事にしたとはいえ、何のツテもない僕のところにまわってくる仕事の多くは単価は安いし注文はうるさいしなかなか厳しかった。普段人との交流はほとんどゼロなので、ちょっと気持ちがしんどくなって身動きとれない感じのときには頼る人がいなくて困ったし、そんな感じなのでずっと貧乏をしていた。

そんな風な昔と今では何かが変わったかというとほとんど何も変わってないと思う。性格も行動の癖とかも一緒だし、今でもそんなに社交的ではない。でももし変わったとしたら、昔は自意識過剰気味で「自分はこうだ」「自分はこうじゃない」「自分はあれがしたい」といろいろあったけど、そういうフィルターがとれてもっとニュートラルな感じになってきたんじゃないかと思う。余計な自意識がとれると以前よりもスッキリした気分になって自分の意見が言えるようになった気がする。
あとはもう年が40代にもなったらそんなに悪い扱いをされることもほとんどなくなったし、やりたいと言うことをやらせてもらえるようにもなったりして立場が昔と違っているかもしれない。

この職場に来るよう誘ってくれたのは、以前に一人暮らしをするときにもお世話になった友人で、僕の人生の大事な場面に何度も現れている人だ。この人や、この職場だったから上記のように思うようになったのかもしれない。

世界を変えようとか社会貢献とか社会問題のことは、考えても現実的ではないので、もう今はほとんど考えなくなったが、こういう大事な人たちをサポートしようとか、自分の身の回りの現実を良くしていこうという気持ちは以前より強くなった。
仕事とかプライベートとか趣味とか、僕の心の中でいろんなことを隔てていた壁が少なくなって、ひとつの「生活」とか「人生」という形で心の中にある感じになっている。中ぐらいの大事なものがいっぱいあるのではなく、ドシンと大きな一つの大事なものがある感じなので、考え方もそのことだけ考えればいいからシンプルで、それで今はなんか楽しい感じなのかな、と思っている。

即興楽団うじゃライブ@難波屋
即興楽団うじゃのライブに参加しました。
一部、二部とわかれて、一部は団長とIちゃんと僕の3人で出演するライブで、二部はその場の全員参加のライブとして行われました。

一部は、僕はピアノで参加。最近ピアノはうじゃの即興には向いてない楽器じゃないかと思ったりしてどうしたものかと思うところですが、やるからにはがんばろうと思ってそれなりに練習していったので、なんとはなしに形にはなったと思うが、やはり何も決めずに即興となるとピアノという楽器では”こういう風になってしまう”というところに落ち着いてしまって、自分としては納得いくものではなかった。もっと自由自在に弾けるのならばユーモアを混ぜたりしてなにかしら別なアイデアを入れていくことができるだろうが、僕の今の実力だとごまかしながら弾くしかないので、例えば現代音楽風なパターンとかそういうところに落ち着いてしまう。だから「こんなの最悪だ」と思いながらもそれしかできないのでそれを弾くしかなかった。
まあでも客観的には無難にこなせたと思うし、前回よりは形になったというところでは満足もしているのですが。
そもそもこの一部をやる意義が個人的に経験を積むということ以外いまいち見いだせていなかったので、そういうモチベーション的なところで問題はあったのかなという気がしました。個人としては経験がつめたからよかったとは思うけど、うじゃとしてはどうなのかな?当初のコンセプトにはうじゃの音楽面を高めるというのがあった記憶があるのですが、それならもっと違う構成でもよかった気がするし。

二部は全員参加で、最初に体と気持ちのほぐしのためのエクササイズ、声出し、二人一組での即興パフォーマンス、全員でのパフォーマンスという形。
僕は楽器を持って行かなかったので、声を出すか、ピアノを使うか、と考えていたら二人一組の相手が電子パーカッションで知ってる人だったので、その人ならこんな風な叩き方をするのだろうな、と考えると声よりピアノのほうがいいと思ってピアノを弾いた。その人の音は独立したリズムと言うよりは”何かのパート”といったリズムだったので、僕は主旋律的なものを弾いた。ちょっと単調な感じになったので最後に雰囲気を少し変えてババッと弾いて静かに終わる、という形にしてみた。相手の人の意向は聞いてないのでどう思ったかはわからないが、まあまあきれいにはまとまったかと思う。でもやっぱりこんなのは面白みに欠ける。キラッとしたものが欠けていると思いました。
二部の最後に全員でのパフォーマンスをやった。僕は主に声で参加。ちょっと中近東~アフリカっぽい歌い方(と自分では思っている)声の出し方で団長のボーカルにのっけていった。ピアノよりこっちのほうが断然いいなと思いました。

これでひとまず即興楽団うじゃでのピアノでの出番は終わったので、この即興とかの方面のピアノを練習するのは切り上げようと思います。本来目指してるほうのピアノに力を入れてやっていきたいと思いました。まあ何も達成はしてないけどそれなりに経験がつめたし、自分のピアノに足りないものも見つかり次なる課題を立てることができた。そういう勉強ができてよかったと思いました。
秘境フェス
三重県で行われた「秘境フェス 第0回大杉谷音楽祭」に即興楽団うじゃのメンバーとして参加してきました。
10月11日、12日2日間開催だったので、出発前は台風19号が近づいているということで「どうなるんだろう?」と不安定な状況を見ていましたが、結果的には台風の影響はほとんどなく、つつがなくフェスが行われました。

会場の大杉谷キャンプ場に入ると、スタッフの人たちが飾り付けなどの最終段階のセッティングをしているところでした。かわいい感じに演出されていて森の中を遊び場にしてくれている感じでした。今思えばもっといろいろ遊んで来ればよかったなあと思うのですが、うじゃの出番がたくさんあってバタバタしているうちに時間が過ぎてしまった感じでした。



うじゃの出番は3回、11日のオープニングと夜のトリ前と12日の昼。
オープニングは正直なにをやったか覚えていないです。主催者の人のフェス開催に至る想いを聞いて、「即興楽団うじゃです」と団長があいさつして、ワー。

それで夜までの間に打ち合わせて夜の出番の段取りなどを決めました。(即興と言ってもこういうライブでは大きな流れの段取りを決めることが多いです。はじまったら段取り通りにはあまりいきませんが)

夜の出番前、うじゃの前にやっていたママテラスさんが歌いながら「太鼓ほしいなあ」と言ってくれたのでソデで太鼓を出す準備をして控えていた僕らはリズム伴奏しました。そのおかげで音出しできて少しいい感じにウォームアップできたと思います。感謝!

すっかり真っ暗になってうじゃの出番、メンバーが会場の端っこのほうから真ん中に歩いきながら声を出す。真ん中で顔を寄せて声を塊にする、団長は「ハウス」と呼んで声の家を建てるんだと言っている、そのハウスで声を合わせた。森に囲まれた丸い広場の真ん中でキャンプファイヤーが燃えてて、二灯のスポットライトでステージだけが光っている中での声出しは気持ちがよかった。その塊をまたほどいていきながらメンバーがたたくマリンバの音に移っていく。そこに団長が加わって二人でマリンバセッション。その間に僕はステージ上のキーボードに移動。マリンバの様子を見ながら頃合いを見てピアノを鳴らす。後でメンバーの人に「アンビエントな感じ」と言われたけど今回はそんな感じのピアノを弾いてみた。せっかくステージにいるのだから素人の顔してちゃいかんだろうと思ってピアノを弾いてる顔をしてみた。思ってるのと違う音をいっぱい出して変な和音になってしまってもそれも「これでいいんです」という顔をして弾いた。ステージに団長たちが上がって来て声とギターとピアノで即興セッション。ステージ前で手の空いたスタッフさんや一緒に出た人が踊ってて、踊ってくれる人がいると思うと心強くなって音を出せた。しばらくしてステージ上で3人でジャンベセッション。お互いのジャンベの音を聞いて今日は僕はテンポキーパー役かなと思ったのでひたすら同じパターンを繰り返し叩いた。団長ともう一人がソロをしたりパターンに戻ったりするのを聞きながらワンパターンを繰り返すのは気持ちがよかった。一段落して四つ打ちリズムに変化し僕らはステージを降りた。ここから参加型にしてお客さんを呼び込もうという段取りだったけど、すでにお客さんの一部も会場に出てきて太鼓をたたいたりしていたのでやりやすかった。太鼓をたたく人、踊る人、いろいろ入り混じりながら音が大きくなって暗闇の中キャンプファイヤーのまわりをまわってみんなテンションを高めていく。高まったテンションのまま音を止めてみんなで声を出す。最初はファーっと散漫な声がだんだんしっかりベクトルを作ってキャンプファイヤーの火と一緒に上へ上へ森が見渡せるぐらいまでは上ったか。「即興楽団うじゃでした」と団長の声でおしまい。



12日も前のステージでDJの人がファンキーな曲をいっぱいかけてくれたのでその音楽にのって踊ってるうちにウォームアップができた。

うじゃの出番、ステージ上はドラムセットだけ。ひとりのメンバーがバスドラで四つ打ちをしてテンポをコントロールする段取り。今日は昼間だし参加型中心の組み立てでやろうというプランだ。子どもも多いし誰でも参加できるように四つ打ち中心のシンプルなリズムですすめていく。ステージ前に太鼓を半円に並べ太鼓の合間に電子音楽の人が機材を置いて参加してくれた。後の出番のサンドラムの人も太鼓をたたきに来てくれた。前夜は大人が多かったが、この日は子どもが多かった。リズムのあと二手に分かれて声の掛け合い。ガオガオとやりあった。最後は声でシメ(だったと思う。なぜかこの出番の記憶は断片的だ)

うじゃの出番はそんな感じ。僕は音楽家でもパフォーマーでもないのにフェスに出演者として出る経験をさせてもらって楽しい体験だった。自分のピアノの音には不満だがそれも含めていろんなものが混ざった場が作れたことに関してはよかったと思う。うじゃらしいと僕が思う場にはなった。うじゃらしさとは、「参加できる!」というワクワク、「やろう!」「参加しよう!」と思う踏切感、「本当にやってるよ」と最中に思える楽しさ、そう感じている人たちの気持ちが合わさって場を作ってる感覚があることだ。普段自分で無意識に引いてる一線を越える感覚と、その共有感とでも言おうか。僕はうじゃに関わって何度も出ているのでそういうのを感じる感覚は鈍っているかもしれないが、新しくうじゃに触れた人からそういう感じを感じることでまた思い出せる。そういうものがやっている喜びだ。

12日の大トリはサンドラム。お客さんを巻き込んだ圧巻のパフォーマンスですばらしかった。
あんなプロの動きプロの音は僕には出すことができないが、うじゃと近い部分もあると感じたので大いに参考になった。なかでも会場を大きく遊び場的に使う発想はおもしろかったので取り入れてみたいと思った。

秘境フェス 大杉谷音楽祭に参加してみて、キャンプ場のスケール感や森の中の感じとかいろいろ遊び要素がたくさんあって、お客さんや出演者やスタッフの人と人の関係も近いような感じがして、他にはない味のあるとても楽しいフェスでした。これから一回、二回とやっていくならますます面白くなりそうだしどんな感じになるのか見てみたいです。出演者で出るのもおもしろかったけどお客さんとしてリラックスして行けばもっといろんな楽しみ方ができたのかなあという気もします。



さて、ひょんなことから8月、9月、10月と3か月連続で旅することになってしまい、いずれも割と優遇されての旅だったのですがそれでも準備やなんかで大変でした。楽しいことがいろいろ経験できて自分としては満足していますが、今後しばらくは貧乏人らしくつつましやかに生きねばならぬでしょう。今回のアンビエントなピアノはイマイチだったので違うパターンを考える時間にしたいと思います。
インタビューの撮影
ある写真家の人のインタビューを撮影してきた。
その人が釜ヶ崎を撮りためた写真の展覧会をしているギャラリーでの撮影だった。

インタビューは事前に質問用紙を渡しておいたせいか、わりと普通のことを聞いて普通に答えている感じだったけど、展覧会を見に来た人たちと写真家の人が釜ヶ崎やそこに住む人のこと、そこで写真を撮ることについて話していたのを横で聞くのがおもしろかった。

釜ヶ崎を必要以上に怖がってる人がいたり、貧しいことをかわいそうに思ってそれに感動している人がいたり、いろいろと自分の思いこみを混ぜ込んで見ている人がほとんどで、僕の感じているのとずいぶん違うなあと思った。

例えば写真を撮ることについて、釜の街中で撮れないことはない。ただ危ない薬を売ってる人とか賭博屋さんとかがまぎれていてうっかりそんなところをファインダーに入れてしまって問題が起こることもあるだろうけど、そういうのは他の町だって可能性がないわけではないし、一般人にむやみにレンズを向けることが失礼だったり肖像権侵害だったりするのは何処の町でも同じことだ。場面にもよると思うけど、釜ヶ崎でカメラを見せて「撮らせてもらっていいですか?」といったらたぶん「なんぼくれんねん?」て返って来て笑って撮らせてくれる人も多いだろうと思う。そういう会話ができない場合、無言だったり睨まれたりしたらすみませんと引き下がればいいだけのことだ。もしかしたら「言うといたるわ兄ちゃん。ここでそんなもん(カメラ)持ってたらどつかれるで。」と延々説教されることも十分ありえることだが。
逆に梅田とか難波で知らない会社員やOLに同じように聞いたらどういう答えが返ってくるのかな。

僕はまわりに恵まれて優しい人とばかり出会っているのかもしれない。まあ一人で街中を歩くことは少ないしここで暮らしているわけでもない。だからこんな風に思えるけど、本当はもっと怖い場所なのかもしれない。だけど釜ヶ崎に来たことのない人や物見遊山でチラッと立ち寄って「怖い」だとか「変なおっさん」だとか言うのを聞くとちょっとなんだかなあと思うのでした。その写真家の人も社会学やなんかで釜ヶ崎に来る女子大生なんかはなんもわかってない動物園を見に来ている気分なのだろう。と言っていて、まあある意味それは正しいかもしれないけど、見に来るだけ偉いと僕は思いました。大半の人はテレビで見たか人から聞いた情報だけで怖がっているのだし。

そんな風に思ったので、今回撮影したインタビューももっと自由に会話するようなインタビューがしたかったなあと思ったのでした。

余談
僕がメインカメラとしてハンディカムで撮影をしているとき、なぜか勝手に録画が切れてしまうことが何度かあって不思議に思っていたのですが、サブカメラのハンディカムで別の人がリモコンで撮影をしていて、そのリモコン信号を僕のハンディカムもひろってしまっているのだとわかりました。僕のカメラにはリモコンON,OFFの設定がないみたいなのに反応してしまうのは問題ありだなあ。ハンディカムが並ぶ運動会とかで問題になってたりしないのかな?
リモコン設定ボタンありました。たぶんこれで次からは大丈夫。


追記
ちなみにその写真家の人は、釜ヶ崎の情景を自然なまま残すためにあえて隠し撮りで撮影している。5メートルぐらいの距離をとってクールに場面を切り取っている。そのやり方に後ろめたさ的なものを感じたりして自分で葛藤を覚えたりもするけど、時代とともに写真を見る人の感覚が変わっていくからこういうのを残すことも大事だということでやっているとのこと。
なるほどなあと思いました。確かにカメラを意識してない情景はリアルさがあるし、これを残すことは後世の人にとって貴重なものになるかもしれないから大事な事かもしれない。僕みたいに「撮ってますよ」と見せたり、親しくなった人を撮るスタイルだと問題は起こらないけどカメラを意識する分その人の自然さは少し損なわれるかもしれない。また僕が「撮る人」だと認知されてしまうと隠し撮りもできなくなるからますます自然なものが撮れないかもしれない。
出張
仕事で遠方に旅する、いわゆる出張ということが今までにあったかどうか記憶がない。たぶんないと思う。
今回9月19日~21日、バイト先の仕事で横浜へ行ってきました。仕事で行ったのでたぶんこれが人生初の出張だと思います。出張なので交通費と宿代を出してもらって行ったわけですが、日頃は貧乏なので旅行など滅多に行かない生活なのに急にこんなことになって、半分は気分リフレッシュの旅行にもなって楽しかったです。

その出張の内容ですが、横浜トリエンナーレという芸術のお祭りの中で行われるイベントに出演する人たちに付添っていくのと主な出来事をビデオで記録して編集するのが僕の任務でした。ビデオのほうはなるべく余計なものは撮らずに必要最小限の撮影でいく予定だったのですが、ついつい獲物を見つけて次々に食いつくピラニアのように撮りまくってしまいました。自分の体力を顧みず撮りまくったので連日ヘトヘトになって毎日体がギクシャクしました。
これによってこれから行う編集作業はとても大変だと思うのですがどんな獲物が撮れているか確認するのは楽しみでもあります。

今回はテレビクルーの人とか映像作家の人のカメラも入っていて、撮影しながらその人たちのカメラのアングルになるべく入り込まないようにしながらも自分の撮りたいところになるべく近づいて撮るというような動き方をしてみて思ったのは、僕の撮り方はハンディカムだからこその撮り方だなということでした。

今回ストラップをつけてハンディカムを首から下げて、いつでも撮影できるようにして早打ちガンマンみたいに撮影していたのですが、それができるのも片手で扱えるハンディカムだからこそで、大きいカメラで三脚すえて撮る人たちのどっしりしたスタイルとは別物の撮り方だなと思いました。

僕のはおもしろい動きをする人をみつけたら人並みをかきわけて近づきせまいところで体をひねってアングルを確保して画面の中に対象をとらえたり、フットワークを駆使して先回りして撮るという方法で、ある種ストーカー的な撮影法と言えるかも。このやり方は対象とある程度関係性を築いた上で撮影しないと嫌がられる可能性があるのでスタッフ証や撮影の人の証を見えるようにしたり、なるべく相手と話をしたりして怪しいものではないということを伝えるようにしないといけない。主に釜のおっちゃんたちをハンディカムで撮影しているうちに身についた撮り方だ。おかげで面白いものを見つける視野や嗅覚は発達したと思うけど、映像的に言えばかなり邪道的な変な撮り方だと思う。無理やりなアングルで撮っているので自分で編集するのでないと使い物にならない映像かもしれない。
もし今後、共同作業で撮影する機会があった場合はなかなか使いにくい戦力だろうと、正当派のテレビクルーや映像作家の人たちを見ながら思ったのでした。

まあそんなことはさておき、付添って行った人たちのイベントの出し物はすごくうまくいって彼らの魅力がすごくよく出たものになり、撮影をしながらとても感動したのでした。笑える出し物だったけど笑いながら感動してブルブルきていました。
僕が彼らのことを知っているからそう感じるのかとも思ったのですが、関東からのお客さんも泣いたり笑ったりしてすごく心を動かされていたようなので、なにかしらいいものが伝わったのではないかと思います。

また、昔から大きな施設のバックヤードを見るのがすごく好きだったのですが、今回は横浜美術館の裏舞台を見られて撮影までできたのですごく嬉しかったです。横浜美術館はめちゃくちゃ大きな施設だし、普通じゃない設計の建物なので裏を歩いてみたときの感動もひとしおでした。

かなり疲れて体はガタガタになりましたが、こんないい体験をさせてもらって幸せな体験がたくさんできた嬉しい出張でした。
即興楽団UDje( )対バンライブ@サンホール
うじゃのライブに出てきました。
正確に言えばアンチェイン梶&ツテンカーク、李知承(イ・チスン)バンド と即興楽団うじゃの3バンドのライブです。

うじゃの出番は一番目でした。
うじゃのお盆さんという3日連続イベントが終わったばかりで各地の主要メンバーは各地へ帰ってしまった後なのでうじゃメンバーの人数が少なくて、出演するメンバーひとりひとりの役割がけっこうひとつひとついつもより重いので「大丈夫かな?」とちょっと思ったりもしましたが、みんなきっちり任務を果たしてなかなかきれいにまとまったライブができたと思います。
欲を言えばもっとがっつり見せ場を作った感じになればよかったかと思うけど、まあ今日の状況では上出来ではないかと個人的には思いました。

僕の役割は最初にちょっと声を出して、次にピアノを弾いて、あとはジャンベをやる。余裕があれば他のパートに行ってもいいという感じでした。もちろんそんな余裕はなかったので決まったことを一生懸命やって終わりました。
ピアノソロをやれと言われて、いきなりソロフレーズなんて浮かばないのでどうしようかと思ったのですが、とりあえず弾いたことある曲の一部を使いながら変化させていけばいいかなと思ってやってみたら、メンバーがピアノに合わせて歌ってくれたのであんまり変化させると歌と合わなくなると思って変化させずにワンコードで適当にポロンポロンやってたら自分の時間が過ぎてしまいました。もうちょいなんかやればよかったかな、と思ったけどひとまずホッと一息。

あとはジャンベを叩きながら状況にあわせて声を出したりいろいろやるだけなので気楽でした。最近は声とジャンベはそんなに考えなくてもできる感じなので他の物よりは楽です。もちろん下手ですが。

うじゃのライブはあっさり終わって、「あれ?終わりか。」と思ったら、時間を計算間違いして10分はやく終わってしまったとのこと。まあそのおかげでシンプルな感じでまとまってきれいだったからいいと思うけど、ガッツリとインパクトを残すには少し足りなかったかもしれません。

何はともあれ自分たちの出番を終えて、あとは他のバンドのライブを楽しみました。
2バンドともすごいうまいバンドで曲もかっこいいので勉強になりました。
バンドってあんな感じでやればいいのだな。今度 はばおズの練習があるので参考にしてやっていこうと思いました。

久々にライブハウスでライブを楽しんだのですが、昔は一人でライブハウスに行ってたので、誰かと一緒に来たのはほとんどはじめてかもしれません。うじゃのメンバーとライブを楽しむのはとても楽しかったです。

うじゃを見に来てくれていた人がやってるバンドとうじゃとで今度一緒にライブをやりましょうという話になったらしいのでまた楽しみができました。その時にはもうちょいピアノが即戦力になってるといいんだけどなあ。
うじゃのお盆さん三日目
毎年恒例三日連続イベント「うじゃのお盆さん」の三日目最終日
今日は釜ヶ崎の夏祭りの舞台に立ってのライブでした。

この三日間の感想を一言で言うならいくつかの言葉の候補で迷うけど「疲れたー」というのが第一かな。
でも楽しい疲れだった。これならもうちょっと疲れてもいいから続けたい。うじゃのイベントはいつも楽しいと思ってきたけど今回は来た人みんなと楽しく絡めた感じがとても気持ち良かった。メンバーに対してとても仲間意識を強くした三日間だった。そういう状況を作ってくれた運営メンバーには特に感謝したいです。

今日のライブのこと。
僕個人としてははじめての三角公園夏祭りのステージ上に立てて、けっこう前面に立っていろいろできたのは嬉しかった。うまくできなかったこともいろいろあるけど、とりあえず集中力は途切れなかったしずっと楽しいテンションでできたのでよかった。及第点。

うじゃとしてもいい出来のイベントになったと思うけど、今日のメンバーだったらもっと良くなるはずだとも思った。まずステージに立って状況を把握して指示を出せるメンバーとしてはエリ団長と僕だった。僕は団長の指示を自分も体の動きで表現できるような動きをしてなるべくみんなに伝わりやすくしたつもりだ。だけどもうちょっと補足指示を加えたりして僕も全体を動かすようなことができたらよかったのかもしれない。またみんなからも「こう動きたい」とか「こんな状況だ」というサインが出せる状況だったらもっと柔軟に場面に対応できるのではないか。今までそんなことはやってこなかったから今日急にしようとしても僕もできないしみんなも対応できなかったろうけど、今後の課題としてそういうことを考えました。

でもそんな難しいことではなく、楽しさやヤバい感じとか感じていることを顔に出して、そこに少々ジェスチャーを加えたらうじゃメンバー同志なら言いたいことはけっこう伝わるのではないかと思う。だから各自素直に楽しむパフォーマンスができればいいのだと思う。

うじゃでは「巻き込み」ということをけっこう強調することがある。客席の後ろでじっとしている観客とかまでうじゃの渦に巻き込んで楽しませようという動き方だ。だけどそれをやろうとするために自分のパフォーマンスを殺してしまっては意味がないのではないか。逆に巻き込みできる状況なのに自分のパフォーマンスにのめりこんでしまうこともよくないだろう。
そういうことはみんな個人としてパフォーマンスしたときに出るものだと思う。だから二人か三人で一組になるようにチーム編成することが改善の一案としてあるかもしれない。

今日はみんな楽しい顔をしてパフォーマンスしていたように思う。
いろいろ反省点と改善案を考えてみたけどそれを実行したとき果たして同じ顔でパフォーマンスできるだろうか?そう考えたら今のままでいいのかもしれない。

終わってから全員で振り返りをやって、意見交換をして、みんなで作ったごはんをみんなで食べました。
うじゃの大きなイベントではおいしいごはんを自分たちで作って食べる。これは仲間意識、家族意識を持つのにとても大きな要因ではないかと思いました。それから食べた後にはジャンベを叩いたり踊ったり歌ったりして騒ぐ。ここで一生懸命遊ぶのがパフォーマンスで本気を出す訓練にもなっていると思う。ジャンベをたいして練習してない僕がそこそこ手数を叩けるようになったのも本気の実戦訓練みたいな形でこういうところでもまれたからだろう。

ともかく子ども、男性、女性いろいろ入り混じって楽しく遊んだ三日間でした。一日目の合宿所には別のジャンベ合宿の団体がいたけどそこはわりと若い人たちばかりの集団だった。太鼓練習に集中するならそういうほうがいいのかもしれないけど、うじゃはどれだけ自由に遊べるかが大事な団体だからいろんな人がいたほうがいい。特に子供がいるのは僕らにとってすごく得るものがあることだと思う。

今後もこういうことが続けられるように僕も一員として努力したいと思いました。



追記
映像作家の今井さんと柴田さんが映像をアップしてくださってます。






ちなみに、今井さんの監督した映画がシアターセブンで只今公開中です。
「ろまんちっくろーど~金木義男の優雅な人生~」


うじゃのお盆さん一日目、二日目
うじゃの連続三日間イベント「うじゃのお盆さん」の一日目と二日目が終わりました。

一日目
貝塚市のキャンプ場で合宿&キャンプファイヤー
なんと同じ会場にジャンベのカリスマ ラウラウバングーラさんのジャンベ合宿の一行がいてすごい本格的アフリカンを大勢が叩く迫力ある音を生で体感できました。何度も何度も同じ個所を部分練習して確実に本格アフリカンのリズムのタイミングを覚える練習をしていました。ああいう複雑なアンサンブルを一度は体験してみたいものです。

僕らはもっと単純な繰り返しリズムを利用して、そこにいろんなパフォーマンスを混ぜ込んで調和した場を成立させていくことをいろいろ試します。うじゃの持ち味はパフォーマンスがそのとき一番いい感じになっているものの方向、踊りや歌やリズムなどいろんな方向へと流れて変化していくことです。この変化についていくための工夫や練習をするのがうじゃのワークショップです。今回の一日目のワークショップでは踊りだけを取り出してそういうパフォーマンスを自分たちで組み立てることを試しました。

4組に分かれて1組ずつパフォーマンスをします。団長からはなんのレクチャーも指示もなし。つまり自分たちの自由なパフォーマンスを組み立ててみろというわけです。踊りのワークショップを普段受けている人やダンサーをしている人もいてその人たちはいろんなバリエーションを持っているので全体の動きが停滞したら個人の動きで例えばそれぞれがムニムニした踊りをして深海魚みたいな世界を作り出したりします。

僕の組はほとんどがうじゃの動きのワークショップにはあまり出ていない、もしくは何度かだけ出たことのあるメンバーでした。
僕は出たことがないのでパフォーマンスをどう組み立てていいものか見当がつきませんでした。なので僕は組み立て役ではなく誰かがやった動きに追従してパターン化したり強調したり、全体的な舞台面上の強弱のバランス調整が僕の役割かなと思って、ここだと思いついたらそういう動きをやってみたつもりです。普段やってないことをとっさに思って動くため動き方は未熟で、細かなニュアンスや装飾するようなことはできないのでとても雑だったと思います。

他の組では五人が二対二対一になって一が電子のようにグループ間をかけめぐり変化を生み出すというような構成や、人間がチェスの駒のように縦横にポンポンと何歩ずつか動き、その動きが次第にカオス化してリズムが生まれていき質感が変わっていくような構成など、人の組み合わせやいろんな要素で刻一刻と状況が変わっていく様が見られて面白かったです。

そういうワークショップが終わったらみんなでキャンプ場に行きご飯を作って食べました。
食べ終わってキャンプファイヤーを囲みながらうじゃ飲み会。ジャンベを叩き、踊り、歌いました。最初はジャンベの音が散発的で不揃いでしたが、だんだんうねりのようなものが立ち上って勢いが増していきます。ラウラウバングーラさんの完成度の高い伝統リズムとはまた違った興奮度の高いものだったと思います。

食事の用意や片付けも、全体の様子を見て自分のできるところへ入って作業したり、手を引いて休憩することも含めて、それらはまわりを感じあって動いてる結果で一種のうじゃのパフォーマンスでした。一人一人が全体の中の脇役というのではなく、みんながそのパートの主役という感じで、一人一人が主体的に動いてそういう個人の集まりで全体ができあがっていて、その動きからおいしい食事ができあがっていくというのがとても「うじゃっていて」すごくよかった。

二日目
うじゃの対話編。
だれも記録係はいないだろうからと思いたってビデオ撮影と音声録音した。でもとてもパーソナルな内容ばかりでこれを公開するわけないはいかないからこのビデオはお蔵入りかなと思いながら撮影。録音ももしかしたら音が拾えていないかもしれない。かなり無駄な事をしてしまっただろうか?
まあでも内容的にはとてもいろんな話を聞くことができていい対話編だったと思う。

いろいろなことを話し合ったが、最後にある人がこういうようなことを言っていた。
「うじゃではパフォーマンス後に振り返りと呼ばれる反省会をする。あるとき自分はひょんなことからうじゃとは何かよくわからないまま参加して一回目、二回目ぐらいのときに他の人たちから振り返りで厳しい指摘を受け、メンバーもそれが当然という顔つきだった。キツイがこれが積み重なって自分を成長させ、うじゃの一員という自覚や行動にも反映されるようになった。

「実力不足」とか「初心者」だとか言い訳はうじゃでは一切通じない。個人ができる限りのことをやって全体のパフォーマンスの一部を担う。全体パフォーマンスが素敵になるように努力する。このことと振り返りをすることとが結びつくと、人のためには動けても「自分なんて」と自分のためには動けなかったところが、うじゃのために自分のためになることもするという一皮むけたような考え方に変化していく自分がいた。(意訳)」

これを聞いて僕の頭の中でいくつかのことが結びついてこんな風に考えが進んだ。

「リズムが覚えられない」「踊りができない」などというのは甘えであって、それはこだわりではなくわがままとみなされる。自分ができることやりなさい。全体のパフォーマンスに活かせる場所を自分で見つけて自分で工夫する。うじゃの中では完全に自由になれるのだから自由にやればいいのである。ただし全体のパフォーマンスにプラスになるように責任を持つこと。ということである。

一人一人にそういう自由と責任があるので、振り返りでも遠慮なくいろんなことを言う。意見が違う人同志では食い違いが生じるが、お互いに意見を検証しあったり試したりなどいろいろな方法で折り合いをつけていく。こういうことが重なっていくにつれて一人一人が何かの力でつながっていく。補い合ったり強化しあったりする関係になっていくのである。

その結果メンバー一人一人に自分の実現したいことをゆだねることで、自分ひとりでは到底できないパフォーマンスをみんなによる即興パフォーマンスで作ることが可能になるのだ。例えば歩くときに脳が膝に対していちいち膝の角度や力の入れ具合を指示しているわけではない。そこは「あそこへ歩いていきたい」と思うことで足が自動的に力の入れ具合や角度を調整してくれるのであるが、それと同じようなことがうじゃの即興パフォーマンスで起こるのである。いちいち他のメンバーに指示したりすることがほとんどなしにみんなが美しいと感じるような展開へと自然と動いていく。

そういうものだから「初心者である」とか「やり方がわからない」とかいうことは関係なく、自分が感じるままに動き自分のできる限りのことをする、ということなのである。
また、そういうことなので「即興だから」「ジャンベの上手なたたきかた」などなどいろんな形をあまり意識しすぎると直観が遠のいて素直に動けなくなってしまう。

「未来から逆算ばかりするのではなく目の前から順番にこなす。」
「直観が大事。」
「責任をもって対処し次へ活かす。」
なんかそんなようなことをいろんな場面を思い浮かべながら考えている状態だ。

思索はどんどん広がってパフォーマンス以外の方向にも広がっていくのだが書くのはこのぐらいにしておこう。

対話編も適当なところで終了し、おいしいベジカレーを食べた後は恒例のうじゃ飲み会。
飲みながら太鼓をたたいて歌って踊って遊びました。

ともかくこの二日間は一生懸命動いたつもりだ。すごく楽しかった。大勢集まる場でいろんな人と話をしたり楽しんだ。こういうことは苦手なはずなのにそんな苦手は考えもしなかったし居心地もよかった。しんどいこともたくさんやったがそれも含めて楽しかった。それで全身痛いし、眠いし、そんな感じで文章がうまくまとまらない。

明日はいよいよ最終日でライブだ。
今日のところはこれにて寝ます。

即興楽団UDje( )ライブ@かんらん保育園
部屋の中にものすごく人が多い、人口密度の高いライブでした。うじゃは楽器、声、動きを駆使して見せるものなので、あまりに人と人の距離が近すぎるとお互いに全体が見えなくてうまくいかない部分が出てくる。今日は熟練メンバーが多かったのでとりあえず収拾はついたのですが100%のパフォーマンスをできなくて彼らは悔しがっていました。

僕はというとうじゃ歴はそこそこ長いですがライブ経験はそうでもないので、うじゃとしての動きは熟練者ほどではなく、自分なりに楽しい感じがあったので今日はうまくいったと思ったぐらいでした。あとになって上記のようなことを聞いて、ああそうか、そう言われたらそうだなあ。と思ったのでした。

僕は今日はベル係。金属の釣鐘状のものを棒で叩いてキンキンと高い音を出す。これは太鼓といっしょにたたいて「こんなテンポとノリですよ」と知らせる役目だ。大勢太鼓が入ってきた時に指標になるものなのでけっこう重要だ。そういうものなのであんまりアドリブを入れたりするものではない。ひたすらテンポキープ。そのリズムとテンポキープの感じを覚えるために本番前まで数時間ずっと棒を持って叩いていた。

でも本番になると人が多すぎて設定した段取りのようにはいかない。こうなったらアドリブで場を収拾するように動かなければならない。段取り上僕は会場の前半分の位置にいたのですが、後ろ半分で子供たちが踊り始めて、団長が「みてー踊ってる子がいる。」とみんなに注意を促したとき、目の前にいた小さい女の子が顔は後ろのほうに向けているけど背が低いからたぶん見えていないなと思い、今の僕の役目はテンポキープではなくアンテナだ。団長やまわりの出来事を受信してわかりやすく動きで表現して子どもを全体の流れに乗せるのが役割だろうと考え、会場の後ろ半分の方へ移動してカオスになっているあたりを巡回しながらアンテナをしていました。

その役目はわりと果たせたと思うのですが、他のメンバーと連携したりしてもっと楽しさを増幅したり面白いことをつなげていくような動きができたらもっとよかったなと思いました。

僕は昔保育園でボランティアスタッフをしていたことがあり、久々の子ども相手ですごく楽しかった。特にアンテナをやってるときは子どもに自分を見てもらわないといけないのでおどけた動きをしてみたり大げさな動きでリズムや動き方をやってみせたりしてたら、子どもたちがこっちを見てすごく笑ってくれたので嬉しかった。リアクションがあると僕も俄然はりきってくるのでよりいっそう動いて楽しい感じになりました。ライブが終わった後も歩いてたら子供がよってきてニコッとしてくれたりして「ああ何かが伝わったんだな」と思ってやってよかったと思いました。

でもはりきりすぎて体が痛い。筋肉痛だ。
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